ITV河野純一郎氏:ぶっとんだ大きな夢を、素直に語ってくれないか?【VCの赤本⑤】

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5回目となる今回は伊藤忠テクノロジーベンチャーズ(以下ITV)の河野純一郎氏のインタビュー記事をお届けする。昨今のITVはGCPと双璧を為す、億単位で投資実行をする代表的なVCである。あまり積極的にメディア露出をしていない同社だが、運良く今回の取材にご協力いただけた。昨日10/31に3億円の資金調達を発表したクラウドワークスの増資もリードインベスターとして手掛けるなど、数多くの注目ディールを担当している。

理想の投資家の形を求め、ITVへ

河野氏は新卒でジャフコに入社。6年間、投資事業やファンド募集活動に従事してきた。ジャフコ時代には約15社に投資。当時からITが好きでITセクターに詳しかったそうだ。しかし、自分で事業をやってみたいという思いもあり、ジャフコを一旦退職するものの、縁あってITVへ入社した。

河野氏は投資後の事業開発支援がVCが果たす役割として最も重要であると考えており、ITVではその点に注力できそうだったということもあり、ITVへ入社したそうだ。

ITVへ移籍後3年間投資できなかったが、今は7社を担当

2008年4月にITVへ入社後、2011年5月にファッションコーディネートサイトiQonを運営するVASILYへ投資するまで、約3年間で1社も投資できなかったという。ジャフコ時代には数多くのディールを手掛けていた同氏だが、ジャフコでの金融アプローチでのデューデリジェンス重視の方針とITVでの事業アプローチでのデューデリジェンスの重視の方針の違いにかなり苦戦したという。

ITVには事業経験豊富なキャピタリストが揃っており、起業家と投資の合意ができても、社内の投資委員会で同氏が持ち込んだ案件を事業視点で跳ね返され、通すことができずに、悔しい思いをした案件が少なからずあったという。投資委員会対策として、突っ込まれそうな点を洗い出し、その反論ロジックを考え抜くなどして、事業分析の力を養った。

事業デューデリでは特に「あらゆる制約がないと仮定してストレッチしたら、どれくらいの事業ポテンシャルがあるか」を考える癖がついたという。投資委員会で案件を通すためには、投資検討先の起業家やサービスを誰よりも理解し、起業家の想いを熱を持って伝える必要がある。悔しい経験を糧に、事業分析や事業ポテンシャルを伝達する能力を磨いた。

その努力が結実し、2011年5月のVASILYへの投資を皮切りに、Snapeeeを運営するマインドパレット、ロコンド、ブランド「satisfaction guaranteed」を展開するSATISFACTION GUARANTEED、スマポを運営するスポットライト、漫画全巻ドットコムを運営するTORICO、そしてクラウドワークスなど、ここ1年半弱で7社に投資実行をしている。いずれも投資額は約1-2億円前後であり、短期間で億単位の担当投資案件を急速に増やしている河野氏に、業界からはひそかに注目が集まっている。

ITVは事業シナジーありきのCVCではない

ITVは伊藤忠商事グループであるということもあり、事業シナジーが前提のCVCであると言われることが多いが、投資判断の権限はITV単体にあり、ファンドの出資比率も伊藤忠よりも外部株主の比率が高い。伊藤忠商事グループにとっての事業シナジーありきでの投資は必ずしも必要ではなく、成長するために投資先に伊藤忠を使い倒してもらうくらいのスタンスが望ましいと考えている。

伊藤忠グループのリソースを活かした事業展開が可能である点は、他VCとの大きな差別化要因であり、投資先から期待される点でもある。実際に、伊藤忠本体と連携して投資先が上手くリソースを活用できるような支援を実行し、何社も有効な事業展開を可能にしている。

ITVとしての投資方針はサービスの初期の仮説検証が終わっていることが多いフェーズであるシリーズAラウンドで、今後の事業拡大において「必要最小限かつ十分な金額」を投資することが多い。1億円以上というルールはないが、1億円以上の投資実行となる案件が比較的多いようだ。

分野に分類しきれないサービス領域に注目

本誌の「注目分野は?」という質問に対し、同氏は難色を示した。同氏は投資検討をする際に「分野」という考え方を好まず、なんの分野なのか先行事例がない、分類しきれないものに興味持つようだ。一方で、起業家の原体験を元にした世界観のあるサービスに惹かれる傾向もある。原体験に基づいて考案された事業は、起業家自身が大きな問題意識を持っており、そこから紡ぎ出されるオリジナルなストーリーに、魅力を感じる。

分野を分類しきれない事例にSATISFACTION GUARANTEEDがある。アパレルコマースに見えたが、Facebookのファン数をグローバルで拡大して、そのプラットフォーム上で名が知られていない日本の良質なプロダクトを紹介し、認知度を上げられるような「ブランド・プラットフォーム」を目指している。この視点は面白く、投資検討時に興奮したが、投資委員会で通す難易度はかなり高かったようだ。

原体験を元にした世界観に惹かれた事例としてTORICOがある。読んだマンガのストーリーに共感し、明日への活力をもらうという原体験を河野氏自身が体験しており、名作マンガがより多くの人に読まれることで、多くの人の人生をポジティブに変えるというコンセプトに強く共感したそうだ。漫画全巻ドットコムの「過去に焦点を当てる」という設計思想を河野氏が提案し、それが実際に採用され、投資実行に至ったようだ。

大きな夢を語り、従業員を幸せにできる起業家を求める

河野氏の攻略法としては、下記の2点を押さえておきたい。

1つ目は「自分が実現したい大きな夢を素直に語ること」。そういう起業家に魅力を感じるようだ。起業家によっては「大きな夢を投資家に伝えると馬鹿にされることもあるから、少し手が届く未来のことしか話していない」ということもあることを聞く。これは投資家自身の理解の範囲を超えてしまうと、投資に踏み切れない投資家が存在することの弊害であると河野氏は考えている。

「お金や時間というリソースが無制限にあれば、何をやりたいか?」馬鹿げていても大袈裟でもいいから、ぶっとんだ夢や尖った夢を自分の言葉で聞かせてほしいようだ。河野氏はぶっとんだ夢を描く起業家に惚れ込み、その起業家の夢を叶えるために心中したいという。

周りからの反対が多い案件を敢えてやりたがる傾向もあるようだ。全会一致の案件では万人が理解できてしまっているため、これから大きく未来を変える可能性が高くないかもしれない。起業家には健全なエゴイズムが必要だと考えており、他人の助言を受け容れることも必要だが、言われたことを押し返せる我の強さを持った起業家に生命力を感じるとのこと。

2つ目は「従業員に夢を与える事業であるか否か」。従業員を幸せにできる起業家であるか、事業であるかも投資判断の軸の一つだ。同氏が投資家として一番やりがいを感じる瞬間は、投資先の事業が伸びているときや売却益が出たときではなく、投資先のレクリエーションに混ざってチームメンバーの一員として投資先から迎えられている時だと話す。たしかに投資先のBBQに参加している河野氏の写真を私もFBで見たことがある。

ユーザーを魅了するサービスを作っていれば、そのサービスが実現する世界感に惹かれる従業員が集まる。起業家に対しては従業員が幸せになれるか否かを最終的な意思決定の軸にしてくれと常日頃話しているそうだ。

編集後記:真の熱い想いを持った投資家でした

滅多にメディア露出しないということもあり、直接面識がない方々にとっては、謎に包まれていたITVのベールが少しは剥がれたであろうか。

私が河野氏を取材した印象としては、とても熱い想いをお持ちであることと、「投資実行前にそこまでやるのか?(例:検討先のサービスの在り方の再構築の提案)」と思わせるようなことをされているのだなと大いに感心させられました。 「惚れ込んだ起業家の夢を叶えたい、心中したい」という表現にもあるように、同氏を投資家に迎えると精神的な安心感を得られそうな感覚を私は持った。

「熱量や想いの強さが、自分が投資先に与えられる価値かもしれません」と語っていたが、まさにそう感じた。口だけは想いの強そうな投資家は存在するが、口だけではないことを今まで実行されてきたことや、対峙した感覚を持ってして、真に信頼できる投資家であると感じた。同氏が1年半弱で7件ほどの魅力的な案件に億単位で投資実行できているのも、上記を踏まえると当然の成り行きであろう。

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