メディアの寿命とコンテンツの賞味期限

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BLOGOSでのcakes加藤さんのインタビュー記事にいろいろヒントを得て。

この記事はメディア事業に携わる人なら必読だと思いますので、ぜひ精読してみてください。私がこの記事で気になった論点はこの辺。

・cakesは「有料メディア」ではなく「有料メディアプラットフォーム」を志向
・一般のwebメディアと(コンテンツの)消費のされ方が違う

本論に入る前にcakesに関する本誌での考え方の変遷を紹介。

cakes

2012.8:ビジネス版週刊少年ジャンプとして巨大なマーケットありそう
◆記事:コンテンツ・アグリゲーションは次代の金脈と成り得るか?

2015.2:たぶん有料会員数は2万人くらいだと思う
◆記事:最低5年は粘れ!月額課金12サービス数値比較

記事の節々で触れることはあるけど、がっつり特集はしてない。率直にいうとローンチ時の期待値は相当高かった。だがローンチ後しばらくしてみて、雑多なコンテンツを取り揃えるというコンセプトが、かえってターゲット不明瞭でけっこうスケールに苦しみそうだと感じたし、そう書いたこともあったかもしれない。

私自身も課金したりしなかったりで、コンテンツの質は高いと思うが、課金ハードルを越えてまで強く読みたいと思うものは稀。cakesの行く末がどうなるのかは昨今の最大の関心ごとだし、「cakesに現段階で投資するか」というのは2015年4月現在のVCに対する最大の踏み絵とすらいえると思う。

2015.4.5現在では約8,000本の記事を揃えるcakesは、アーカイブ性の高さは他のメディアと一線を画していると思う。まだ上手くいくかわからないし相当荒削りではあるが、東京カレンダーWEBを設計した時にベンチマークしたのは実はcakesだったりする。

今回はコンテンツの種類やアーカイブ性(賞味期限)を中心にした話をしたい。

TechCrunchとTheStartupの記事の違いをあえて解説

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まずは伝家の宝刀・ポジショニングマップだ。cakes加藤さんは「無料のwebメディア記事の賞味期限は数日」とコメントしており、たしかにその通りである。ストレートニュースばかり扱うメディアの代表事例として、本誌ではお馴染みのTechCrunchをプロットした。

2015年におけるTechCrunch(特に日本)においては特にこれといったオピニオンはなく、ストレートニュースを中心に取り上げ、それでPVを稼ぐ構造にあると推測される。実際、メディアは一度ブランドを築き上げると、よほどTechWaveみたいなことにならない限りは崩れない。過去の遺産で食っているのがTechCrunchだというのが本誌の見解。同様にストレートニュースが多い媒体としてTheBridgeの方が網羅性が高く、価値が高いと思う。

■グノシー上場報道に見るTechCrunchとTheStartupの違い

こうしたストレートニュースは瞬発的なPVを稼ぎやすいが、「グノシーに上場承認が降りました。以上!」という記事はその日か次のまでしか価値がない。SEO的に強くなって検索クエリが伸びた際に(実際にグノシーが上場する日など)流入はありますが、既に知れ渡った情報であるため、その記事を読んでも読者は価値を見出しません。

一方でTheStartupが出したグノシーの上場記事には過去の業績推移や今後の予測という展望が含まれており、少なくとも「上場承認が降りました!以上」よりは読者に対して価値がある情報になっていると思われる。この記事はグノシーの実際の上場日に読んだとしても、TechCrunchのコピペ記事よりは価値があると思われる。

もちろんTheStartup上にも即時性のみを重視したその日一日しか価値にならないような記事もあるので、TechCrunchを棚に上げられたものではない。違いとしてあるのは、TheStartupではオピニオンとストレートニュースの比率が9:1くらいであるが、TechCrunchはその逆かないしは2:8でオピニオン:ストレートニュースであろうという構造的な違いがある。

ストレートニュースでももちろん調べ物をする際に過去記事がヒットして役立つことはある。だがそれは私のようなマニアックな読者くらいであり、一般読者はそこにさほど価値は感じないのではないか。

一方でオピニオン記事だからといって全てが良いわけではない。もちろんTheStartupにもクソ記事が大量にあることは認める。クソであることは認めつつも、それは大量の実験の証だと開き直るしかない。だが、オピニオン記事の方が読み応えもあり賞味期限が長く、価値が高いのではないかというのが私の仮説だ。

1PVに対する、広告的観点と課金的観点の価値の違い

cakesに話を戻そう。cakes上でも時事性と絡めた記事はゼロではないが、最大の特徴として時事に関係がなさそうな切り口の連載やネタが多いと感じる。加藤さん曰く「ニュース性より作り込んだ面白さを重視している」という話もあり、通常のwebメディアとの本質的な違いは、コンテンツの賞味期限の長さにあるといえる。

■cakesとマンガボックスの類似点

ここに「有料メディア」ではなく「有料メディアプラットフォーム」という観点を付加すると、有料か無料かという違いはあるもののの、cakesはDeNAのマンガボックスと同様の、いわば「ヒットコンテンツのベンチャーキャピタル業」と言い換えることもできる。cakes上の連載が単行本化してヒットする。そういうことを視野に入れた上での「有料メディアプラットフォーム」である。

マンガ業界の実際の構造に私は明るくないが、週刊少年ジャンプ的な週刊誌も週刊誌自体よりはそこから出る単行本の収益の方が確実に大きい。だが全ての単行本がヒットするわけではなく、1割のヒットが累損を回収するベンチャーキャピタル業的な構造にあることは間違いないだろう。

■広告と課金モデルで1PVに対するKPIは異なるはず

ストレートニュース記事で埋め尽くすニュースサイトの収益モデルのほとんどは、バナーやネットワークによる広告収入だ。この世界観では「PVの最大化」が美徳となりがちである。

一方のcakes的なニュース性ではなく読み物として面白いものは賞味期限も長くなる傾向がある。掲載から3日経てば無価値に等しくなるニュース記事と異なり、掲載から1年以上経ってからかなり読まれるようになったとか、「この続きを読みたいから課金する」という課金トリガーを引いて収益に貢献したりする。

広告モデルではPVを取った記事が正義だ。だが、課金ではPVではなくその記事をフックに課金コンバージョンに至った数の多さが価値となるのではないか。収益モデルによって記事のKPIが全く異なるのである。

エンゲージメント上げるにはTOPページとアプリ化が必須

「価値のあるPV」について深堀りしよう。昨今はスマートニュースなどのキュレーションメディアやFacebookなどのソーシャルメディア経由、Googleなどの検索経由のトラフィックが多いメディアがほとんどであろう。

だがメディアの核となる価値は「そのメディア直接指名で訪れる人」ではないか。ブックマークであったり、RSS講読であったり、アプリがスマホのホーム画面にあって毎日起動するか。キュレーションメディアやソーシャルメディア、検索で「たまたま見た」ではなく、そのメディアに触れることが読者の生活の一部としてどれだけ定着しているか。そこの数値の向上が「ブランド価値の向上」であり「(課金)価値のあるPV」増加に寄与する。

この話は以前「メディアのブランドやTOPページ議論」として紹介したので、下記の記事からの金言を引用しておこう。

メディアの本当の力はトップページからどれくらい他のコンテンツへユーザーを流せるかだと思う。ほとんどのサイトがトップページにユーザーが居ません。だから、あまり売上が上がらないのだと思います。SEO依存では価値が低い。(元グノシー木村氏)

メディアの「集客力」は、一般的にメディアの「ブランド力」に比例するし、メディアとしての「ブランド力」を持たずに、検索エンジンやSNSなどの他のメディアの「送客力」にフリーライドするようなメディアは、非常に脆い構造となるんだよね。(Voyage宇佐美氏)

◆参考記事:メディアの本質的価値は、PVではなくエンゲージメントや滞在時間

この辺の話は、TheStartupだけでなく東京カレンダーという媒体を運用するようになってから、さらに腹落ちした。「ブランド力」があるからゼクシィとかは強いわけで、スタートアップにおいてはブランド力強化はある程度地上戦を闘った後は空中戦にシフトする。ここ半年で空中戦に挑むスタートアップが急増しましたが、成果はどうだろう。

上記ではTOPページの話をしたが、スマホ比率が相当に高まる中で、スマホのブラウザのお気に入り経由ではなく、スマホで1ページ目を取れるかが肝になる。キュレーションメディア(meryやiemo的な)もニッチではなくスケールを狙うのであればアプリでのエンゲージメント強化が必須であろう。

■cakesはキュレーションメディアなどと比較して核となる価値が高い?

話をcakesに戻そう。ストレートニュースメディアは、キュレーションアプリやソーシャルメディアで「消費」される存在であり、TOPページやスマホのホーム画面の位置を取れる存在なのだろうか。そうではなく、cakesのような賞味期限の長い独自コンテンツを読めるメディアの方に中長期的な優位性があるように思える。

meryのようなキュレーションメディアも一部がマスに定着して勝ち抜けるだろうと思うが、トラフィックを外部に依存しない骨太なメディアが課金を積み重ねて5年後に勝っているという絵はあり得るんじゃないか。課金メディアといえばNewsPicksもあるが、経済ニュースメディアであるがゆえ、コンテンツの賞味期限が短い。そこがcakesとの最大の違いであるといえる。

上辺だけではないメディアの構造を考え抜いたとき、本誌の読者のみなさんは現段階のcakesを見て「5年後にメインストリームになっている」「いや、資金が尽きてなくなっている」どちらだと思うだろうか。

一般論的には後者が多そうだが、メディアに本当に精通している人は前者の可能性を信じる比率が上がると思う。私は前者に賭けたい。



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