完璧なグロース・ハッカーなどというものは日本には存在しない。
完璧な絶望が存在しないようにね。
2014年1月1日、代官山蔦屋でウィスキーのオン・ザ・ロックを飲みながら、僕は困っていた。年末に出版社からグロースハックの本の執筆依頼があり引き受けることにしたが、その構成や取材先選定に頭を抱えていた。
残念ながら、グロースハックに強そうなクラウドソーシング系サービス2社に取材することはできなそうだし、雑誌で取材した結果、日本には完璧なグロース・ハッカーなどというものはまだ存在しなそうだった。あの古川健介だって、完璧なグロースハッカーかは疑わしかった。やけに腰が低く、「うちは、グロースハックなんて。とてもとても!」という感じだった。なのでnanapiは取材候補先から外すことにした。(しかしnanapiにも声をかければ良かったと後から思った)
取材先選定は難航した。何社にも取材を断られ、僕は飲めもしない酒を煽った。断られた企業は、いつか東洋経済オンラインで酷評しようと心の中で誓った。レーティングは3.0だ。勝利も敗北もない1ヶ月半の執筆活動の末、3月20日にグロースハックを上梓し、発売直後にはAmazonマーケティングカテゴリーで1位になる日もあった。
そんな昨今の流れの中、3月31日にplanBCDを運営するKAIZEN platformがフィデリティとグリーベンチャーズから総額50万米ドル(約5億円)の資金調達を実施した。KAIZENは2013 The Startup of the Yearを受賞しているし、CEOの須藤憲司氏は世界は落下しているなど、詩人としても名を馳せてきている。希有なポエム系ブロガーとして、僕も脅威に感じ始めている。いまやThe StartupよりもPVがあるかもしれない。
とにもかくにも、スタートアップ業界では2014年3月時点でトップクラスの露出数を誇る企業だ。planBCDがどんなサービスか、グロースハックが何かはここでは語らない。そんなことは僕の他の記事や文化的雪かきをするメディアを見てくれ。須藤さんは、遠く米国の市場を見つめながら言った。
グロース・ハッカーは現在280名登録しているんだ。今後は国内・海外共に増やし、年末に1,800名の登録を目指すよ。
グロース・ハッカー。国内に280名もいたとは。あんなにも僕が必死になって探したグロース・ハッカー。須藤さんはこうも言った。
いいかい、梅木さん。米国ではグラフィックデザイナーが26万人、Webデベロッパーが14万人いる。マーケティングに関わるWebデザインをしている人だけで数万人はいるはずで、潜在的には万単位でグロースハッカーとなる可能性があるのさ。
グロース・ハッカーはそこにいるのではない。グロース・ハッカーと「なる」のだ。
Wantedlyなどでもグロース・ハッカーの募集が増えているようだ。需要はあるが供給はまだまだ少ない。僕が取材でグロース・ハッカーを見つけ出せなかったように、グロース・ハッカーを欲するスタートアップもグロース・ハッカーを見つけ出すことは不可能に近い。あるいは見つけ出せたとしても、年収1,000万はないと嫌だと言われ、スタートアップではその給料を支払うのに躊躇ってしまう。
グロース・ハッカーはそこにいるのではない。グロース・ハッカーと「なる」のだ。
もうグロース・ハッカーを探すことに労力を費やすのはやめた方がいい。それは砂漠の中で水を探すようなものだ。
書籍執筆の1ヶ月半、取材を断られ、探しても探しても見つからぬグロース・ハッカーのことを思いながら、飲めもしないウィスキーのオン・ザ・ロックをAnjinで煽り、日経BPのグロースハッカーを握りしめて僕は泣いた。
– グロース・ハッカーは、どこにいるんだ –
KAIZENが調達した5億円は海外展開の資金に使われるだろう。しかし、僕にはどう考えても日本国内のグロースハッカーの供給量は需要に追いついていないように見えた。裏返せばそこにビジネスチャンスがある。
グロース・ハッカーはそこにいるのではない。グロース・ハッカーと「なる」のだ。
ただバナーを作るだけでなく、ABテストを通してデータ分析もできるデザイナー。ユーザーグロースの施策を思い付き、どんどん実装できるエンジニア。アドセンスとリスティング頼みから脱却し、金ではなく知恵でサービスをグロースさせることに取り組むマーケター。
グロース・ハッカーの卵。いわば、リトル・グロース・ハッカーはきっと君の会社の中にもいる。planBCDを使ってグロース・ハッカーに頼んでもいいし、頼まなくてもいい。サービスを成長させるには、急激な成長を遂げる必要があるスタートアップでは、グロースハックの概念は必要不可欠だ。
グロース・ハッカーを採用できなくて悩んでいる起業家や、身近にグロース・ハッカーになれそうな人材がいるなと思った人は、グロースハックを彼らに渡してみてほしい。Kindle版も遠くない未来に出るはずだ。すると、隣に座っていた彼が、1ヶ月後にはあちらの世界への鍵を見つけ、サービスが鈍化した窮地の会社の救世主へと変貌を遂げているかもしれない。
KAIZENはグロース・ハッカーを養成する講座を開いて、業界リーダーとして啓蒙活動していくといい。そしてその講座で僕の本を必修にすればいい。
グロースハックの基本を押さえつつも、自分が携わるサービスを伸ばすためにどれだけクリエイティブな施策を出せるかが、僕が考える良いグロース・ハッカーだ。様々な事例を知っていることで、点と点を繋いで、施策を生み出せるようになるはずだ。
完璧なグロース・ハッカーなどというものは日本には存在しない。
完璧な絶望が存在しないようにね。
やれやれ。うっかり「グロース・ハッカーのオン・ザ・ロック」とか書きそうになった。
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