編集講座でお世話になった菅付さんの新作・物欲なき世界。六本木TSUTAYAとかいくつかの書店をまわったけど在庫なしでAmazonでようやく入手。
これからの時代のトレンドや今の気分がキンフォークからピケティまで様々な事例を元に語られていて、それをひとことで言うと、ポスト資本主義社会、言い換えると、物欲なき世界に向かっているのだと読み取れました。本書は時代感を捉えるのに優れた作品となっており、編集者であれば自らの担当ジャンルに縛られず必読といえます。
脱・物欲社会の幾つかのキーワード
以下が本書から気になったキーワード(掲載順不動)
・ワーディングとしてブーム化した“ライフスタイル”
・ECの民主化(Tシャツスタートアップ・ティースプリングの事例)
・信用システムとしての貨幣
・個人も貨幣の発行体となりうる
・物欲が強いと幸せになれない
上記のキーワードを簡単に解説していくと、まず“ライフスタイル”という梅木史上でも長年よく無意識に使用していた言葉がブームにあるという。ファッション雑誌「HUGE」がファッションを捨てて食やライフスタイルに寄った号を出し、その1年後に廃刊したという話は知らなかった。(廃刊は知っていたが、ライフスタイルに寄ったということを知らなかった。)
物欲を煽る代表格といえるファッション雑誌がファッション・コンテンツだけでは立ち行かなくなり、ライフスタイルを売り物にしないと成立しない。「HUGE」がファッション自体が車とかと同じ趣向品となり、メインストリームたり得なくなっている事例の一つであった。
ECの民主化は私が不勉強で初耳だったのだが、Y Combinatorの投資先であるティースプリングというTシャツ販売スタートアップがあり、そこではTシャツデザインをユーザーが投稿?し、販売数に応じてユーザー(デザイナー)にライセンス料をレベニューシェアするモデルである。ユーザーによっては、ティースプリング経由の売上が年商1,000万を超えることもザラにあり、カスタムメイド(個別化)という本書で紹介されていた流れも相まって、大量生産大量消費ではない、新しいECのモデルとして感心した。
貨幣問題に関しては信用システムとしての貨幣という考え方は、TheStartupでも昔論じたことがあるかと思うが、今後はソーシャルキャピタルの考え方がさらに重要になると思う。例えば、私が500人を超える有料サロンを運営できているのは、様々な要因があるとはいえ、一つはTheStartupの無料コンテンツを通して、私がユーザーから信用という貨幣を稼いできたことも大きな要因であろう。ただ単にお金を稼ぐことではなく、どんな信用を稼いでいくのか、信用残高を増やすことで、それは様々な価値に転換できるようになってくる。現にKloutスコアが高いユーザーにホテルが割引をするサービスとかが存在したはず(名前は思い出せないが)。
政府などの中央ではなくCCCなどの企業がポイントを発行して貨幣経済を作ろうとしている話では、個人も貨幣を発行できるのだという考え方が印象に残った。極論であるがUmeki Salonで仮に貨幣システムを導入したとしよう。タメになるコメントが多いユーザーにポイントを発行していき、ポイントが貯まるとTheStartupでサービスが紹介されるとか。チープな一例ではあるが、信頼残高を相互にどう貯めて、それを還元するかという発想自体はもっとよく考え見ようと思った。
物欲が強いと幸せになれないという話も感覚的に共感できた。年収が一定の値を超えると(日本国内では900万円程度といわれることが多い気がする)それ以降の幸福度は大して変わらない(例えば年収2,000万と3,000万に大きな差はない)といわれており、感覚値としてもそれは納得だ。物欲には際限がないため、物欲を追求し続けると破滅する。物欲に近しいのか、金欲にまみれたウォール街の住人のようになってしまうのではないか。
「物欲なき世界」での王者はコミュニケーションとなる
ここからは物欲と私自身を歴史的に紐解いてみよう。
高校生の頃からファッションが好きだった私は大学時代はバーニーズニューヨークでアルバイトをしたり、まあそれなりに高い服を買っていた。それが高じて、2社目はアパレルECに転職してアシスタントバイヤーをやっていた。LEONに載っているようなブランドの10万以上するバッグなどを扱う、高級メンズECである。しかし、当時23万円の私の月給では10万円のバッグなど買えるはずもない。それなりの物欲はあったものの、借金してまで買いたいと思うほどアホではなかった。
次の転職で、物欲の対極ともいえるシェアハウス運営会社でマーケティング事業に従事することになる。そこでの経験は「物欲なき世界」を理解するのに大きく役立った。私は恵比寿の物件を担当していたが、物件スペックに対して明らかに高すぎる価格を付けても、コミュニティやコミュニケーションという付加価値を売りにしたセールストークで、担当後数ヶ月で満室にしたという思い出がある。私は物件資料はスペックよりも、そこでどんな生活ができるのか?ということを謳ったライフスタイルコンテンツを作成し、それを中心としたセールストークで入居者を増やしていった。
スペック軸で語ると明らかに高すぎる商品である。それよりは、「こんな可愛い子が住んでいて、君も入居すると仲良くなれるかもしれないよとか」、そういうコミュニティ・コミュニケーションという定量化しにくい価値を打ち出せば、価格競争を抜け出せて、ある程度高い価格でも納得して入居し、大いに満足したのちに退去していってくれる。コミュニティ・コミュニケーションはプライスレスともいえることを、ここで私は学んだ。
実際に私もユーザーとしてシェアハウス暮らしを楽しんだからこそ(スペックに対して明らかに高い家賃を支払い身銭を切ったからこそ)わかったことだった。月収23万円の私の社会人2年目の家賃は10.4万円だった(実話)のである。東京女子図鑑の綾もビックリな、アンバランスぶり。高い服よりもコミュニティ・コミュニケーションの可能性に私は投資したのだった。
ここでの経験がコミュニティサービスであるUmeki Salonに応用されているのはいうまでもない。人は単にコンテンツを一人で消費するよりも、コミュニケーションがあったほうが楽しいし、同じコンテンツを複数の人で鑑賞するほうが面白かったりもする。初めて認識したけど、Umeki Salonのコンテンツの楽しみ方はソーシャルリーディングともいえるかもしれない。一つのスレに様々な人がコメントすることで同じコンテンツを楽しむ。それを見ているだけの人も、他のサロンメンバーと会った際に「あの投稿見ました?」とかそういうやり取りが発生していれば(たぶん発生してると思う)。
ちなみに私は今タワーマンションに住み、高い腕時計も所有するようになった。しかし、無尽蔵に物欲があるとは自分では思っていないし、社会人2年目と比べて年収が仮に10倍以上になったと仮定して、現在当時と比べて10倍幸福とはいえない。時折、貧乏なあの時代のほうが楽しかったのではないかと思うことすらある。2015年冬現在は「幸せの絶頂だ!」などとは全く感じていない。人生における空虚さすら感じることもあるほどだ。
私の世代(30歳前後)の起業家で物欲が強い人は本当に見かけない。会社を売却して億単位のキャッシュを得たら、フェラーリを買うとかそういう人は見ていない気がする。それよりは個人投資家として若いベンチャーに投資しようとか、それは投資という金欲でもあるのだろうけど、投資および株主になることを通して、自分の体験を次の世代に伝えたいという欲求(穿った言い方をすると、「いいことしてるぜ」と思いたい欲求)があるのだと思う。
「物欲なき世界」には比喩としてチープすぎるため出てこなかったのか、わかりやすくマズローの五段階欲求に当てはめると、現代の日本のような低成長で成熟した社会においては、社会的欲求(ここに物欲でのステータスも含まれる)から尊厳欲求(モノに依存しないコミュニケーションや承認欲求)に人々の欲求がシフトしているといえるのではないか。
モノを所有することで認められる時代ではない。今までは感覚的にNOとしかいえなかったのだが、ECビジネス(ECスタートアップ)全般にピンときていなかったのは、モノというコモディティを売ってどうするのか。そこに差別化はなく(ティースプリングのようなモデルは別)、付加価値もない。ただの消耗戦であることが目に見えてるから、ECをスタートアップでやること(バーティカルコマースなど)に否定的だったのかなと思う。トレンドとしては物欲なき世界に向かっているのに、モノを売るだけなんて時代に逆行しすぎじゃないか!(アホか!)と。
単なるモノの価値はどんどん下落していく。本書では同じモノならストーリがあるモノや知っている人から買おうというトレンドになるという話もある。もはや単なる大量生産のモノは成立しない時代なのかもしれない。モノではなくコミュニケーションやコミュニティを売りにしたほうが売れるし、利益率も高いだろう。メディア論でいうと、コンテンツ(モノ)販売は単価がどんどん下がって無料に近づき、コミュニケーションやコミュニティの価値が相対的に上がっていくのだと思う。
よって、「物欲なき世界」での王者はコミュニケーションとなる。これが私の見解である。(というか本書も暗にそう言ってるのかな)
ちなみに、物欲=所有欲とすれば、結婚も配偶者を所有するという考え方ですよね(法的には)。本書では一言も触れられていませんでしたが、物欲から解放されるということは自由度が増す流動性が高い社会ということであり、最も重たい所有物は配偶者だと思うのですよね。物欲なき世界においては、結婚という所有概念もなくなっていくのではないか。「物欲なき世界」の次は「結婚なき世界」もあり得るのではないかと感じました。
本書には恋人がいる20代は20%台という記述があったので、結婚に関しては各事業者が必死に煽ってマーケティングするのと、国策としても出生率を引き上げないといけないので、国家的経済的には結婚に対する強制圧力が今後も根強いと思いますが、社会トレンドを考えたときに、結婚なき世界(というは配偶者というモノを欲さない世界)は案外遠くない気がしました。おそらく結婚に関してはそれだけで一冊いけてしまうので、菅付さんはわざとその話題を避けたのかなと。
気がつけば4,000文字を超える読書感想文でした。
編集者の皆さんは時代の空気を捉えるためにも必読ですよ!
いやー、発売直後にがっつりレビューを記事で書くとは、私は模範的な教え子だと思います。しかし、今の空気を端的に捉えられる良書でした。
現代ビジネスには佐藤慶一さんによる菅付さんのインタビュー記事が出ていますね。
「モノを買わない」先進都市から読み解く、「資本主義の先」の世界の行方