日本国内のスタートアップがM&Aされる5つのパターン

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最近はすっかりnoteでのウメキワークスに移行してしまい、TheStartupに書くネタがなくなってきていますが、たまに書いていきたいと思います。

起業家から「M&Aを狙いたいのですが、この事業だと相場観的にはどれくらいか」みたいなご相談をたまに受けます。

今回は、特定の事業領域ならいくらか、というよりももっと構造的な話を紹介したいと思います。

今回の話は基本的に「51%以上取得」の話です。データのソースはウメキワークスのグーグルスプレッドシートに長年溜めてきた「M&Aシート」です。そこにある2011年以降の国内スタートアップM&A約140社を元に述べていきます。

2018.9.24追記
実際に2015年以降の114件を7パターンに分類した記事を出しました。

・2015年以降日本国内のスタートアップM&A114件を7パターンに分類できたカモ:URLはこちら

国内で50億円以上でのM&Aは10件+α

☆売り先:海外
トレジャーデータ→ARM:666億円(2018.8)データ
エウレカ→IAC:推定125億円(2015.5)メディア
gloops→ネクソン:365億円(2012.10)ゲーム

☆売り先:国内
FIVE→LINE:51.1億円(2017.12)アドテク
BANK→DMM:70億円(2017.11)C2C
ソラコム→KDDI:推定200億円(2017.8)IoT
チケットキャンプ→mixi:115億円(2015.3)C2C?
nanapi→KDDI:推定77億円(2014.10)メディア
ポケラボ→GREE:138億円(2012.10)ゲーム

☆売り先:PEファンド
BAKE→ポラリス:推定150億円(2017.7)コマース

厳密には買収価格が非公開なだけで、50億円を超えていると思われるのが、reluxを運営するLocopartners→KDDIや、フリル→楽天などもありますが、推定で確実に超えているもののみを集めました。ちなみに、クラシルのdelyは51%以上買収に当たらないので今回は割愛です。

公募時価総額50億円というと、IPOの際は小粒と揶揄されますが、大抵はマザーズ上場は初値が高騰しますので、小粒IPOでも初値時価総額100億を超えてくるのは難しくありません。

営業利益的にまだ赤字の企業から、アジャイルのような比較的どうしようもない草コインだけど利益は数億出てる。みたいなものまで、100億近くつきます。

これが、M&Aだと相当ハードルが上がってしまい、まず100億超えというのは2011年にTheStartupを始めてから私がカバーした範囲だと8年で7件しかありません。仮に非公開のものもあったとしても、10件にはならないでしょう。まず、M&Aを考える際にはこの過去のファクトを押さえておいて無駄にはならないはずです。

当期利益3億円の企業のIPOとM&Aでの価値

まずIPOとM&Aの場合では、バリュエーション算出のロジックが異なります。

IPOの場合は当期利益3億円出ていれば、例えばメディアセクターならPER40倍で公募時価総額120億円!とかになりますが(ジャンルによるのであくまで一例です)、M&Aの場合は同じ当期利益3億円出ている会社でも「その企業は将来どれくらい稼ぎうるのか」をIPOより厳密に見られるかと思います。

もちろん、IPOでも証券会社のバリュエーション担当が鉛筆を舐め舐めしてシミュレーションするのでしょうが、M&Aのロジックの一つとして「買収額を数年後に回収できるのか」という観点があります。

当期利益3億円の会社が急成長したとして、YonYで+100%成長と仮定しましょう。

☆当期利益シミュレーション(YonY+100%)

0年目:3億円
1年目:6億円
2年目:12億円
3年目:24億円
4年目:48億円
合計:93億円

あくまで「当期利益」であり「営業利益」ではありません。3年目の水準だと営業利益40億円出ている想定で、そんな業績の場合、ジャンルが良ければ上場していれば時価総額1,000億円超えています。

こんなYonY+100%の企業なんて滅多にないですから、現実的にYonY+20%で引いて見ましょう。

☆当期利益シミュレーション(YonY+20%)

0年目:3億円
1年目:3.6億円
2年目:4.3億円
3年目:5.1億円
4年目:6.1億円
合計:21.9億円

買収後4年目に営業利益10億円当期利益6億円もあれば十分立派ですよね。ゲーム銘柄じゃなければ、マザーズ時価総額300億円くらいついていてもおかしくない。

しかし、M&Aの観点で考えると5年で21.9億円回収見込みの企業を120億円で買う経済合理性はあるでしょうか。のれんやタレントバイに差額の100億円近い価値はあるでしょうか。いや、ないですよね。

なので、YonY+20%で想定した場合の当期利益3億円の企業はIPOだとバリュエーション120億円になってもおかしくないですが、M&Aの場合だと60億円でも高いと言われかねません。これが実際に、日本国内で50億円以上のM&Aが非常に少ない理由の一つと思われます。

巨額買収して、ちょっとでも減損リスク出てしまうと、数十億円の減損で短期的にPLが痛んで、大抵の場合は株価に悪影響を及ぼします。

買収額の回収以外の目的のM&A5つのパターン

M&Aは上述のように「買収額を回収できるか」という経済合理性に基づいた観点もある一方で、それ以外のパターンも見受けられます。いくつかのパターンに分けてみましょう。今回の記事タイトルに持ってきた話です。

・1.事業シナジー目的。シナジーによる買収先の売上利益が伸びる
→非常にまともなパターンだが、事業シナジーは絵に描いた餅で終わる方が多い

・2.盛り上がっている市場に参入したい。(時間を買いたい)
→ゲームが盛り上がった時代はこのパターンが多かったと聞きます

・3.新しいことやってる感を出したい
→スタートアップM&A童貞の事業会社か、KDDIに見られるパターン

・4.タレントバイ
→時代の寵児感は出るが、大抵買収側はペイしない。採用広報を兼ねるという考え方もある

・5.救済買収
→ダウンラウンドなどで買収となり、タレントバイを兼ねる場合もあるが、大抵ペイしない

ざっくりこの5パターンでしょうか。

今回の記事のソースとなった対象企業群140社をこの5パターンに分類しようかと思いましたが、流石にエグいので今回は割愛します。

経済合理性パターンでいうと、「回収可能か」という観点で、地味ですが売上や営業利益がそれなりに出ている企業を、安値で買収するというパターンがあります。

強引にネーミングすると、バリュー投資ならぬ「バリューM&A戦略」とでもいうべきでしょうか。ホットな市場でまだ利益が出ていないけど、伸びそうな企業を買収する場合は「グロースM&A戦略」とかですかね。

この「バリューM&A」と「グロースM&A」を上記5パターンと絡めて考えると

☆バリューM&A

5の救済買収とそうではない場合があり、救済買収の場合は買収額は安いが、その安い買収額すらペイしない。「救済買収パターンではない」企業を安く買収して、PMIで伸ばす。

これはじげんのお家芸でしたが、最近ではアドベンチャーやイトクロもこのディールパターンに当てはまってきていると思われます。買い手としてはM&A巧者と見なすことができるでしょう。

☆グロースM&A

2の盛り上がっている市場に参入するために、自社で内製していたのでは遅いので、M&Aで時間を買ってでも参入したいというのに一番当てはまりそうです。

ゲームが流行った時代は、競合に買収されないために自社で買収する。とかそういう意思決定もあったとかなかったとか。最近だと、動画が流行っているので動画関連の事業を買収しておこう!というのパターンが当てはまりそうです。

バイサイドとセルサイドがM&Aで考えておくべきこと

M&Aは一つのロジックで決まることはなく、「買収額と回収見込み額の期待値」という定量的な側面と、上記の5つの定性的な側面(厳密には事業シナジーを定量的に試算することもある)のいくつかが掛け合わさって買収に相当する理由が形成されます。

バイサイドとセルサイドでは考え方が結構違うので、個人的な見解を最後に述べておきます。

☆バイサイド:本当にその買収、必要ですか?

バイサイドはそれなりにデューデリをしているつもりでも、最後は気合いで「決め」の部分が大きいかと思います。ですが、振り返ってみると「なぜあれを買収したんだっけ」という、自らの当時の意思決定を疑問に思ってしまう場合も少なくないかと思います。

その場合は大抵は定性的な側面を甘く見積もったことに起因するのではないでしょうか。事業シナジーがPMIで全然出なかったとか、タレントバイと思って買収したものの、その価値あったんだっけとか。

「新しいことやってる感出したい」という目的の方が、むしろ後から振り返った時に「あれはCSR的なM&Aだった(笑)」とかで最初から期待値が低いので良いかもしれません。

M&Aの成功確率は3割というのが一般論ですが、より成功確率を上げるために「なんでこの企業を買収する必要があるんだっけ」というのをしつこく自問するのが良いかと思います。

買収側にとってそのM&Aは売上や利益を出したいというPL思考に基づくものなのか、R&D的に将来の備えをしておきたいファイナンス思考に基づくものなのか。最初から目的をはっきりさせた方が、あとあと後悔も少ないと思います。たまに「練習」と割り切って買収している経営者もいますね。

☆セルサイド:明確なM&Aストーリーを持とう!

セルサイドはぼんやりと「M&Aも視野に入れたい」ではなく、自社の事業が「どういうロジック」で「どういう企業」に買収される可能性があるかを考え抜いた方が良いと思います。M&Aストーリーを描くべきです。

IPOは利益さえ出ればなんとなくいけちゃいそうですが、特に20-30億円以上の規模での国内のM&Aは戦略を引いて逆算しないと、計算が合わなくなってM&Aが実現できないということは往々にしてありそうです。

どこの企業かは言及しませんが、かなり大きい額の売却を果たした後の起業家に話を聞いた際に「◯年前くらいからあの企業に売却しようと思って、逆算して色々仕込んだ」という話を聞いて、それが賢明だよなと感じました。

ちなみに、日本国内のスタートアップM&Aは半分以上は10億円以下です。特にここ数年増えているのは、そういった小粒M&Aです。

さらに5億円以下のM&Aが増えてきているので、5-10億円で売買が成立するというマーケットが熱くなってきています。

セルサイドが5-10億円でのM&Aを狙う場合、言い方は悪いですがスタートアップのM&A経験がなくて「新しいことやってる感」を出したい企業が売却先だと、良いカモになるでしょう。その手のカモ事業会社はそもそも買収意欲があるかもわからなかったりするので、見つけるのは大変かもしれませんが。

バイサイドのカモ事業会社にとっても、いきなり50億円のM&Aを実行して大失敗して巨額減損!とかになるよりも、まずは5億円のM&Aで練習を積みたいという意図も少なからずあると思います。

5億円前後でのM&Aを狙いたいセルサイドは、「カモのバイサイドの良き練習相手になってやろう」という気概で売ると、互いの利害が一致して良いかもしれませんね。

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毒にも薬にもならんようなスタートアップが買収されているのをたまに見かけますが、その時は「買収側がカモられておるなあ」というのと「買収側がカモを演じて、練習してるのかもなあ」と最近は思うようになりました。

ということで、今回のアイキャッチ画像は「鴨」にしてみました。今後は「鴨ディール」が非常に増えてくると思われます。

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