拡散力がない!という言い訳

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自分が某媒体をプロデュースしていた時に思ったことなのですが。

自分で書いた記事をSNSでシェアして何とかアテンションを引こうとするのは、(あくまで私の感覚では)普通のことだと思うんです。書いたものをそのまま置いておくだけでは、読まれないので。

もちろん、ネットネイティヴな方々にとっては言われるまでもない話だと思いますし、紙媒体の方でも自分が携わった作品をFBなどで懸命にPRしている様子を見かけることもあります。そしてそれは仕事人として、正しいとも思います。個人的には「拡散のしすぎ」もうざいなとは思うのですが。

たまに自分で書いた記事をなぜSNSで広めようとしないのか?と書き手に聞くことがあるのですが、「いや、俺には拡散力ないから…」とか、モゴモゴしだすやついるんですよね。

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このやり取りは振り返ると結構興味深いなと思いました。

当然ながら、最初は誰でも拡散力がありません。芸能人じゃない限りは、twitterやインスタを開設してもすぐに数千人単位のフォロワーがつくわけではありません。

最初はみんな、限りなくゼロの状態なわけです。

たしかに、記事をツイートしたりFBでシェアしたりして、「やばい、誰からもいいね!がつかない!」という恐怖はあるでしょう。私かて未だに、「やばい、滑ったかな(汗)」ということは多々あります。

しかし、滑るのが怖いというデメリットと、自分自身の認知をコンテンツを通して広めるメリット。天秤にかけるとどちらが良いでしょうか。

最近はインスタグラムもROM専で見ているのですが、日本のインスタグラマーって実はほとんど代わり映えしない面々です。あらゆる業界のタレントって、そうかもしれない。

記事の書き手で自らのSNSで自らの記事を拡散しない人は、「自分の記事を読者に届ける」という仕事を怠っているんですよね。大手メディアに寄稿している人は、寄稿先で一定のPVが取れて原稿料がもらえれば良いと思っている。

しかし、寄稿先でPVが取れても寄稿者はあまり認知されないこともある。それってゴーストライターで、その媒体の価値向上には寄与していても、自分自身のブランドアセットは築けていない。

そうであればたとえ10PVでも、自分のSNS経由でPVを獲得したほうがいい。あなたの記事だ!と思って読者が読んだ10PVと、スマニューで名無しの権兵衛と思われて読まれる1,000PVは、どちらのほうが書き手にとって価値があるでしょうか。

そう考えると、SNSって貴重なアセットだと思います。しかし、アセットは1日にして成らず、です。むしろSNSを軽視している人は、貴重なアセットを築く機会を毎日損失していっていると考えたほうが良いでしょう。

拡散力がない!という言い訳は、ほんの少しの恐れから来ているものであり、その先の果実よりも目先の恐怖に勝てない人が言う台詞なのです。

SNSは誰しもの前に平等なはずです。



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