「M&Aとはアップサイドの共創である」じげん流PMIの秘訣

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2017年に入ってからも、GREEの3ミニッツ買収、KDDIのrelux買収など、スタートアップのM&Aが増えている。

一方でPMIについて語られている記事はあまりメディアでは見かけない。そこで独自M&A戦略を持ち、上場後に約70億円を投じて8社のM&Aを実施し、PMIに定評のあるじげん平尾丈代表取締役社長に直接話を聞き、じげん流M&AとPMIのポイントについて伺った。

☆参考記事
ICC:じげん流M&A後の組織統合マネジメント「求心力と遠心力」
TheStartup:久々に時価総額500億円突破のじげん。M&AとPMIが凄そう

☆じげんのM&Aの歴史(公開情報から引用)

2014.3:インターキャピタル証券を約0.6億円で株式取得(株式取得後、よじげん証券へ)
2014.7:ブレイン・ラボを11.7億円で100%株式取得
2014.9:リジョブを19.8億円で100%株式取得
2015.2:エアロノーツを2.5億円で100%株式取得(子会社のにじげんを通して)
2016.4:ABMを3億円で100%株式取得
2017.1:三光アドを30.2億円で100%株式取得

注記:8社のM&AとIR資料にあるが、エスト・コーポレーションは20%取得で売却済、もう1社は非公開案件

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関心があるのは顧客や取引先といった無形資産

じげんのIR資料にはよく「割高なバリュエーションを回避」という文言が登場し、不当に高いバリュエーションではM&Aはしないという確固たる意思が感じられる。

じげんが過去に100%株式取得してきた案件は、本誌で扱うようないわゆる「スタートアップ企業」は1社もなく、老舗企業をM&Aしてきた印象がある。

スタートアップのM&Aにおいては、前ラウンドの株主のバリュエーションを割るか割らないかという論点があるが、はっきり言うとそのバリュエーションは事業価値とはほぼ相関がなく、買い手側にとってはどうでもいい論理である。シンプルに現在の事業価値のみ見た場合、それに見合ったバリュエーションのスタートアップは限りなく少なく、基本的に将来の期待値が込められた価格といえよう。

我々は、対象企業の顧客や取引先といった無形資産に関心があります。(平尾社長)

言い換えると、歴史が浅いスタートアップは、相対的に資産を持っているとは言い難く、歴史ある企業のほうが強固な顧客基盤やブランド力を有している場合が多い。

設立数年で買収されるスタートアップも昨今少なくないが、事業資産を適切に評価すること以外に、いわゆる「タレントバイ」と呼ばれる手法がある。

タレントバイで数億円〜数十億円の価値がある人材は市場にどれほどいるだろうか。それよりも、年収5,000万で良い人材を採用したほうがよほど割安である。

タレントバイというマジックワードの元に、スタートアップを高値掴みさせられてきた買い手は少なくないように思える。

そして昨今の各社の状況を見ると、タレントバイに走った企業よりも、地道に採用活動を頑張ってきた会社のほうが、地力がついているようにも思えなくもない。

M&Aとは「アップサイドの共創」である。

じげんは「割高なバリュエーションを回避」しつつ、M&Aの意思決定において何を最重要と考えているのか。

(M&Aは割安な案件を買うというよりは)、アップサイドを共創させて頂くことが大事だと考えています。株式取得額を回収するのは当然。我々のPMIでどれだけ伸ばせるか。M&A検討時にはそこを一番考えています(平尾社長)

じげんは「株価・トリプル25」達成条件型新株予約権を発行している。「前期実績ROE、営業利益率、及び営業利益の対前年比成長率が全て25%以上の場合のみ、行使可能」という条件で、3つの指標について対前年で25%の目標を課している。

よって、M&A案件に関しても同様に対前年で25%の利益成長を実現しないと、トリプル25達成の足かせとなるリスクがある。

これに対し、じげんのM&A案件の事業進捗は2016年3月期のIR資料によると、対前年の25%以上の成長を実現しているといえ、PMIによるリターンは既存事業と同様に高いといえる。

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これだけの価格でM&Aをしたのだから、伸ばさなくてはという気持ちでPMIをやっていく。リジョブやブレイン・ラボはロゴもカルチャーも変えて、PMIに力を入れてきました(平尾社長)

事業家集団・じげんの実力:PMIを担う人員は何名か?

PMIにおいてはそれを主導するキーパーソンが必要になる。

PMIを担うメンバーは創業期から共に働いてきたメンバーを中心に10名ほどいます。新卒でも4,5年目で登用することもあります。今後も新卒から定期的にPMIができる人材を輩出したいのと、中途でも積極的に採用し、今後20名ほどまで拡充したいです(平尾CEO)

現状の中核メンバーは以下の通り(決算資料より)

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平尾社長曰く「ミニ・平尾丈はまだ存在しない」とのことだが、PMIを任せられる人材は、市場には存在するとのこと。タレントバイよりも、PMIを担えるレベルの高い人材を、根気強く口説き、自社に招き入れることができるか。育成で伸ばすよりも、もともと伸びそうな人材を採用できるかが、重要。そうした採用の基本を忘れてはいけないと、平尾社長は主張する。

良い商品(事業)を取り込んでも、良い経営者が足りない。

2017.1に株式取得した三光アドも、平尾社長が自ら社長となり、陣頭指揮を取っているようだ。

平尾社長の目の付け所「地域特化型事業は有望です」

じげんのPMIでの価値創造には3つの考え方があるという。

1:経営改善的価値。バリューチェーンを含む全社戦略の再構築やオペレーション改善
2:プラットフォーム的価値。じげんが保有するプラットフォームによるユーザー集客力の向上
3:事業家集団的価値。じげんの既存顧客価値を生かした更なる事業展開

既存事業である求人・不動産領域を中心に、これらのPMIの源泉となる既存資産を活かした、PMIを図る。

直近のM&A案件である名古屋の求人企業・三光アドを通じて、「地域特化型事業の可能性」を平尾社長は感じたという。

首都圏からそれ以外の地域に入り込むという戦略は、じげんのような立場のプレイヤーにとってはかなり有望だと考えています。大手は規模の問題などから首都圏以外の地域から撤退しやすく、手が行き届いていない。

一方で、三光アドのように業績が伸び続けている地域特化型企業は存在するものの、彼らにとってインターネットは新たな可能性を秘めた存在。(体感値として特にB2B領域では)首都圏とそれ以外の地域には一定の情報の非対称性があると感じます。

首都圏以外の地域ではエンジニアなどインターネット人材の採用が難しいこともあり、M&A後にインターネット人材を地方に送り込むことで、十分な勝算が見込めることもあります(平尾社長)

東南アジアなどへのタイムマシン経営はよく聞くが、首都圏以外へのタイムマシン経営をローコスト・オペレーションで実行する。B2B企業の戦い方としては、適切なように思えた。

非インターネット領域の地域特化型企業をM&Aし、インターネット化をローコストで促進することで、PMIが上手ければ数年でかなりの利益率向上が見込めるのではないだろうか。

もっと、BSを活用した経営を

平尾社長曰く、海外の起業家と話すと、BSについての話になることが多いという。

日本国内では主にPLの議論が多く、BSの議論になることは少ない。特に上場企業であれば資金調達手段も多様化し、経営の打ち手は広がるだろう。

じげんのように、借入や行使条件付き新株予約権を駆使した結果、平尾CEOはまだ69%の持ち分を残しつつ、果敢にM&Aに挑戦している。上場後の元スタートアップ企業は、じげんの経営にこそ、学ぶものが多いのではないかと思い、TheStartupでは最近滅多にしない取材を実施し、話を聞かせていただいた。

PMIに関する知見が広く共有されることで、スタートアップのM&Aの敷居も下がり、案件数が増えていくと感じる。本誌では引き続きPMIの話題を、積極的に追っていきたい。



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