文章を書いて生計を立てるには、以前は出版社から著書を出し作家になるか雑誌に原稿を寄稿するくらいだったが、インターネットに文章を公開し、ささやかな広告などで、自力でも稼げるようになった。
ただ、音楽はインターネットで個人が稼ぎやすくなったとはまだ言い難い。
文章を書く個人がインターネットで生計を立てられるようになったように、音楽を営む個人がインターネットで生計を立てられるようになるにはどうすれば良いか。Goose houseといアーティスト事例を交え、今後のインターネットと音楽の未来を考えてみる。
ユーザー体験から見るアーティストのバリューチェーン
まずアーティストがユーザーに提供する価値をバリューチェーンを通して考えよう。
旧来のチャネルから考えると、ユーザーはアーティストの楽曲を主にテレビやラジオをとして認知する(屋外やショップもあるが)。一定の露出頻度があれば、そこから楽曲が売れる可能性も上がるだろう。楽曲の善し悪しも当然あるが、テレビやラジオというマスプロモーションをしっかりやる体力のあるエイベックスみたいなところが露出で有利に立ち、そこからCD販売に繋げる。
アーティストを認知し、楽曲を購入し、気に入ったユーザーはライブに足を運ぶ。そこでも満足度が高ければ、ライブチケットを購入しやすくなったり、限定特典などがあるファンクラブへと誘導される。
■1アーティストあたりの予測売上高
CDアルバム:10万枚×3,000円=3億円
ライブ入場料:1万人動員×10回×6,000円=6億円
ライブ物販:ざっくり5,000万円程度
ファンクラブ:1万人×年会費5,000円=5,000万円
合計:約10億円
そこそこ売れているであろうアーティストの売上をすごくざっくり出すとこんなところか。しかしアーティストに入る印税率は10%程度だろうし、エイベックスのようなマネジメント会社に所属している場合はマネジメントフィーをかなり取られるだろう。アーティストの取り分となる収益額の最大化が見込めるのはやはりライブ入場料か。
インターネット時代はどうか。まず露出面はYouTubeが中心となる。YouTubeに動画を掲載するのは無料だが、そこからどう見られるかは旧来のチャネルよりもコントロールが効かない。旧来の手法で広告費を支払ってYouTube広告を買い漁るというのも一つの手だが、一定数までは露出は伸びるだろうが、ソーシャルメディアで好意的に動画を広め、露出を高めるというところまではなかなか保証が効かない。
YouTubeで動画が拡散し、チャンネル登録で固定ファンができる。その先には楽曲販売やライブへの誘導、ファンクラブ化という次のバリューチェーンに持っていきやすいのではないか。露出時点からチャンネル登録によりファン数を可視化できるのは良い。これはソーシャルメディア黎明期のFacebookファン数などの概念に近く、既視感を覚える。
インターネットでは楽曲はCDではなくiTuneなどで販売され、季節の会報誌に留まらないオンラインサロンのようなファンクラブの醸成も可能だ。
ネット時代のアーティストGoosehouseはカバー曲でSYO
実際にどれくらい稼いでいるかは知らないが、YouTube発と思われるアーティスト事例を紹介しよう。Goose houseだ。(注:YouTube発じゃなかったらすいません…)
たまにYouTubeを回遊していて、誰かの曲名で検索したら当たりました。上手いなーと思ってチャンネル登録して作業BGMとしてたまに聞いてました。宇多田のカバーが上手いって良いわけですよ。ほとんどの女性は宇多田ヒカルは難しくて歌えないらしいと聞きます。
Goose houseのYouTubeチャンネル登録数は100万を越えています。再生回数も100万越えばかり。数百万後半も何本か。アカペラユニットのような感じで、曲によって登場人物が違います。カバーが多く、女性曲を男性が、男性曲を女性が歌うという独創性が高い仕上げ方をしてきます。
YouTube発のアーティスト戦略としては、著名曲の検索クエリを逆算し、検索クエリの多い楽曲のカバー曲を仕込んでいくと視聴数は伸びやすいでしょう。SEOならぬ、Search YouTube Optimization(SYO)といったところ。当然、楽曲のクオリティが高くないとリピートはされませんが、ユーザーに認知されやすく、こうした戦略は重要です。意識していたかは知りませんが、現に僕はYouTube内検索でランディングし、登録チャンネルのコンバージョンしています。
名曲の巧妙なカバーの質の高さがGoose houseの初期のブレイクの主な要因だったのではないかと思います。その後CDを出したり、ライブもやっているようですが、気がかりなのはカバー色が強いアーティストのオリジナル楽曲は売れるのだろうかという話。
グロースハック用語でいうと、SYOで予想以上に認知が上手く上がったが、その後のオリジナル曲へのリテンションが課題ではないかと思います。カバーとオリジナルのジレンマがありそう。時を巻き戻すなら、SYO対策のカバー曲とオリジナル曲の比率を最初から半々にしておくと良かったかも。
でも昔の方が名曲って多かった気がしますよね。なんでだろう。
YouTubeからの収益を算出すると、オフィシャルパートナーになれば単価が上がるらしく、1視聴0.4-0.5円にもなるらしい。1億再生あれば4,000万円くらいにはなっている可能性がある。
YouTubeが今後iTuneに取って代わる可能性は高い
インターネットの従来のモデルであれば、YouTubeで認知して、iTuneで楽曲を購入という流れが主流であった。今後国内においてはようやくSpotifyが上陸し、ストリーミングに流れる可能性もある。
だが僕は契約周りの話からSpotifyは主要アーティストの楽曲を提供する難易度が高く、そんなに流行らないのではないかと思う。一方でスマホ回線の速度上昇に伴い、スマホでYouTube視聴時間が延びることは明白で、僕自身移動時間はiTubeではなくYouTubeで音楽を聴くことが増えている。最近お気に入りなのは、安倍なつみの最近のライブ動画だ。
自身のユーザー体験から、広告が非表示になったり、スマホでYouTubeを立ち上げたままネットサーフィンできるのであれば、むしろYouTubeに月額課金したいと思っている。YouTubeは巨大なユーザベースを確保してユーザーに習慣化させつつも、まだ月額課金のポテンシャルがあるのだ。
YouTubeでお気に入りの楽曲と出会うには今は検索が主流だろう。だからこそ無名アーティストがスケールする際にSYOで有名楽曲をカバーするという手法が効果的なのである。検索以外の手法、例えばグノシー的な動画のキュレーションメディアがあれば人気が出る可能性がある。
iTuneと比べて楽曲数が増えやすい構造にあるYouTube。インターネット音楽市場はGoogle vs Appleのフリーミアムvs課金という事業モデルの対決ともいえそう。公式で音質が良い楽曲はiTuneの方が多いわけですが、プロではない個人でも用意に参加できて、のし上がれるポテンシャルがあるのはYouTubeなんですよね。「i=保有する」「You=みんなの」というコンセプトから拡張性に差が出るのは致し方ない。
プロ主導の良質な楽曲数自体が減っていることもあり、今後の音楽視聴のトレンドはiTuneから質の高い素人の楽曲を多く擁するYouTubeにシフトすると僕は予想します。音楽以外の世界では全てそのシフトは起こってきたことで、一方通行的な情報提供⇒CGMという他の業界ではたいてい起こってきた変化です。
YouTubeのアーカイブ性から、ロングテールで特定の動画の再生回数がめちゃくちゃ増えるだろうという考えもCGM的です。
ナタリーとかは僕のような音楽素人は見ないと思いますので、インターネットにおけるミュージックステーションとかそういう人気定番番組がいくつかできてくると、認知のきっかけに良いと思います。
セミプロのタレント化と相性良いYouTube
作家と音楽アーティストの構造上の最大の違いは、作品を構成する人数。作家の場合、共著の方が稀で、基本的には単独だ。インターネット上では編集者が付くことも稀で、The Startupのようなメディアは基本的に1人での運用が成立する。ゆえに僕は社員を食わせるために稼ぐ必要はなく、広告料もサロン売上も自分自身の給料に直結する。
音楽の場合はかなり関係する人が多い。そもそもソロアーティストの方が少なく、5人程度のバンドが多い。それに加えて事務所だプロデューサーだなど、間接的な人件費が嵩む。音楽をやっている人は利益追求が好きじゃなさそうな印象を受けることが、「みんなの音楽楽しいね♡」的な感じだと儲からないのである。みんなでやるからレベニューシェアされていって、自分の取り分が減るのだ。
実際の給与体系は知らないが、EXILEは歌ってるやつとダンサーとで給与が同じだったらおかしいだろと。音楽なんだから売上貢献はボーカルが高いはずだが、なんでUSAがそんなにもらってるんだよ、とか仲間割れを起こしていてもおかしくないのです。
なので売上を直接的に上げない間接的な人件費を抑えたプロジェクト構成が鍵かと思います。どうしても作家よりは人が必要だとは思いますが。
つらつらと書いてみましたが、以上です。個人的にはフルタイムのプロではなく、歌の上手いサラリーマン的なセミプロ市場とYouTubeが相性が良いと思っており、週末の音楽活動で月に10-20万気楽に稼げる。くらいの層がもっと出てきて良いのではないかと思います。ブロガー市場ってそういう感じだと思いますしね。今は専業ブロガーで食っていける時代ではありますが。
今後はそういうプロジェクトを僕も何か仕掛けていければなあと。皆、カラオケではどれだけ歌が下手でも歌おうとする人が多いのに、YouTubeで歌うとなると敷居が相当上がるようなんですよね。それは習慣じゃないからというだけな気がしていて、カラオケで歌わないのは恥ずかしい。みんな歌っているから。YouTubeで歌う?誰が見るのよ!?という習慣の問題だけ。
セミプロ市場のタレント化はかなりの潜在需要があると思います。
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